馬鹿な性欲魔人の買い物に巻き込まれた話
「でも俺、やっぱりTENGAが欲しかったわ」
友人である横田の口から出た一言だった。
横田とは僕の友人だ。高校入学時から一緒にいるので、もうかれこれ3年の付き合いになる。彼は母の腹から頭よりも先に性器を出したんじゃないか、と思うほどに性欲に塗れた男だ。その性欲の強さは友人の間でも折り紙付きである。「俺、最近性欲無くなってきたんだよね…」と暗い表情で語る彼に「じゃあ最後にオナニーしたのはいつ?」と聞くと「うーん、昨日の朝かな?」という返答が帰ってくるような男だった。うーんって何だよ。悩むな。
加えて彼は頭が非常に悪い。脳の容量の7割を性欲の処理に割いているために、中学1年生レベルの英語すらもおぼつかない。don'tの使い方が未だによく分かっていないらしい。枕に書いた彼のセリフも正しくは「でもおれ やっぱりテンガがほしかったわ」である。横田の脳に漢字は存在しない。そんな男だ。
彼が男性用ジョークグッズ(以下TENGA)を欲しがったのには海より深い、そして潮風より不快な理由がある。
僕は今日、友人たちの買い物に付きあって原宿へと足を運んでいた。メンバーの内訳はイケメンの明智、性欲の横田、そして僕、という構成になっている。なにやら横田が古着を欲しがったので暇な僕たちが巻き込まれた、というわけだ。
週末の昼過ぎからブラブラとサブカルの街を練り歩き、古着屋を巡った。2軒、3軒と店を回ったが、横田のお眼鏡に叶う服は見つからない。ここもダメか、と次の店へとテクテク歩いていたらば横田の足どりがピタリと止まった。それも何の前触れもなく、だ。どうしたんだよ、早く行こうぜ。そう声をかけると奴はこう言った。
「今日の金でさ、TENGA買うのって、ダメ?」
輝かんばかりの笑顔だった。
僕と明智はそれはもう必死に止めた。「いい訳ねぇだろ!」「古着はどうした!」「死ね!」「殺すぞ!」3年間で五本の指に入るほどに必死になって友人を説得した。そんな説得(罵倒)の甲斐あって横田は考え直し、「ごめん、どうかしてた」と呟いた。僕と明智が胸を撫でおろしたのは言うまでもない。
時刻は変わって夕方、明智は帽子を買い、僕は外人からジャケットを貰った。横田の手元には何も無かった。そろそろ諦め時かな、なんて僕が考えていると横田がまた阿保なことを言い出した。
「やっぱりさ、ひひ、渋谷のドンキでTENGA買おうよ」
だからいい訳ねぇだろうが!もはや付き合わされているという意地から僕たちは声を荒げた。しょぼくれる横田。「いいじゃん…俺の金じゃん…」とかほざきやがる。そういう話じゃねーよ。
三人の間に険悪なムードが漂い始めたので『古着屋をハシゴする』という当面の目的は、誰かが提案した『とにかく飯を食って一息つく』に変わった。とりあえず近くにあったラーメン屋に入り、食券を買う。すると横田がまたも驚愕の一言を放った。
「あーあ…これで残り200円か…」
待てや。お前今日いくら持ってきた?
「1500円だけど?」
バカじゃないの。何買うつもりだったんだよ。そんでもってラーメン大盛980円だろ。残りの320円なんだよ。
「メンマと煮卵」
メンマと煮卵食うな。
僕たちは満腹の腹をさすりながら店を出た。なんだかんだ言っても食事という行為は偉大で、横田の愚行に対する苛立ちはどこかに消え去っていた。みんな笑顔で最寄りの駅へ向かっている。電車に揺られて地元の駅へとたどり着く。
「なんだかんだ今日楽しかったな帽子買えたし」「俺も外人から服貰えたから得したわ」意味わかんねーよ、あははうふふ。そんな楽しい会話で一日が終わろうとしていた矢先。件のアホが余計な最後っ屁を放った。
「でも俺、やっぱりTENGAが欲しかったわ」
直後に明智の拳が性欲スカンクへと飛んだ。腹に深刻なダメージを負った横田は、その場に蹲って呻く。呻く。頼む、これ以上余計な事を言うな…。しかし祈りも空しく、横田はぼやいた。
「でも買えたもん…2本」
明智のハンドハンマーと僕の蹴りが、蹲った性の権化の背中と太ももに吸い込まれていった。唸り声をあげる横田をその場に置き去りにして、僕と明智は自宅へと歩き始めた。
横田が性欲魔人なのは分かっていた事だが、まさかここまでとは。TENGAに対する情愛がこんなに深いとは思っていなかった。付き合い方を考え直す必要があるかもしれない。
けど横田、痛そうだったな…。あんなでも友達だもんな……。
僕の中の良心がズキズキと痛みはじめる。そうだ、TENGAあげて仲直りしよう…。
iosのAmazonアプリを開く。ごめん、横田…。許してくれ…。そんな気持ちを込めながら検索バーにTENGAの文字を打ち込んだ。
そこには、
810円(参考価格)+810円(参考価格)=1620円
2本買えない。